景観論争の地は今…
――1:10,000地形図「東山」、旧1:10,000地形図「京都南部」――


明治42年測図 1:20,000地形図「京都南部」

京都と言ったら平安京。平安京といったら条坊図を連想する方も多いはず。大路と小路で町を区切ってしまうというアレです。
地図上には七条通(昔の七条大路)、八条通(昔の八条大路)を確認することができる。昔、九条大路があったと思われる道も地図上にはある。

七条通と八条通の間に等間隔に3本の道路が敷かれていると思います(小路)。そして、それら道路で4等分される縦の1辺を基に正方形の区画が見えてくると思います。これが平安京の区画の最小単位1町です。1町は40丈(約120m)四方…。

まぁ、そういう事を大学の人文地理学で習ったわけです(ハマりましたね)。

古地図・京都駅・明治42年測図 1:20,000地形図「京都南部」古地図・京都駅・明治42年測図 1:20,000地形図「京都南部」
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(1):京都駅周辺

@:東海道本線・京都線 A:奈良線 B:京都電気鉄道 C:京阪電気鉄道 

東海道本線(@)
明治9年に大宮通仮(※)〜大阪間が開業。明治10年に京都〜大宮通仮間が開業する大宮通仮駅はその時点で廃止となる。
東海道本線の京都駅から東の区間が今とは違う。明治13年までに今の奈良線・稲荷経由で、京都〜馬場(今の膳所)間を開業させている。
奈良線(A)
明治29年に京都〜奈良間が開業。このときはまだ奈良鉄道という私鉄だった。明治40年に国有化され、明治42年に奈良線となる。この奈良線、今の奈良線と違い、京都駅〜伏見間では現在の近鉄奈良線のルートが使われている。なお、この地図では単線として描かれている。
京都線(@の京都駅西側)
今の山陰本線のことです。明治30年に嵯峨〜大宮間が開業したのが始まり。同じ年に大宮〜京都間が開業する。
地図に載っている大宮駅は京都線専用の駅だったみたいです(明治32年廃止、明治38年復活、明治44年廃止)。
当時は京都鉄道という私鉄だった。明治40年に国有化され、明治42年に京都線となる。この区間が山陰本線となるのは明治45年のこと。
京都電気鉄道(B)
明治28年に開業した日本で一番最初の路面電車。路面電車というか、電車が開業したことを強調すべきだと思う。当時、その他の区間を走っていたのは汽車だった。琵琶湖疎水を利用した水力発電を利用したんだとか。
「日本初の電車」というのは京都人はけっこう言うようですが、まだアピールが足りないのかもしれませんね。京都を衰えさせてはならんという国家的な判断もあったようですね。(逢坂山さんより)
地形図には東寺道という駅が確認できる。この駅、1km以上離れた東寺にちなんで名前が付けられているところなんか実にのどかな感じがする。
京阪電気鉄道(C)
明治43年大阪・天満橋〜京都・五条間が開業。
(明治42年測図なのに、線路が記されているのは、この地形図が大正元年に発行されたものだから。)

 


昭和3年測図 1:10,000地形図「京都近郊東南部」「京都近郊西南部」

19年後の京都駅です。駅南側には工場の地図記号をたくさん見ることができますね。

昭和3年測図 1:10,000地形図「京都近郊東南部」昭和3年測図 1:10,000地形図「京都近郊東南部」
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(1):京都駅周辺

@:東海道本線・山陰本線 A:奈良線 A奈良線跡 B:京都市電 C:京阪電気鉄道 

周辺町村の京都市への編入
大正7年に、地図に記されている柳原町と東九条村を含む周辺町村が京都市下京区に編入される。
二代目京都駅
大正3年に完成。駅の位置が少し南に移動していることに注目してください。駅舎が移動したことで、駅前には広場が造られている。この中には、純日本式庭園があったんだとか。
東海道本線(@)、奈良線(A)
東山トンネルと新逢坂山トンネルを経由するルートが大正10年に完成する。これに伴い、東海道本線は京都駅を出るとまっすぐ東に進むようになる。
一方、それまでの東海道本線のルートの一部(京都〜稲荷間)は奈良線として使われるようになり、それまでの奈良線・京都〜伏見間は廃止となる。地図には線路が走っていたと思われる京都駅に進入する線路のカーブ跡が残されている。
京都市電(B)
京都市営の路面電車は明治45年に開業したのが始まり。順次路線を延ばしていき、大正7年には先に開業していた京都電気鉄道を買収する。


 

昭和26年修正測量 1:10,000地形図「京都南部」

京都駅周辺を見ると、「東九条…」という地名をよく見かけます。でも、ちょっと待ってください。七条通のすぐ南にも「東九条川端町」とか、「東九条郷之町」とかの地名があります。七条に当たる所に九条の地名は変です。

明治42年の地図を見ると謎が解けそうです。昔の東九条村と柳原町に当たる所にこの地名が付いているのがわかります。市町村合併で昔の町村名がそのまま地名になっているようなもんでしょうか?でも、柳原町もどうして、「東九条…」になってるの?

昭和26年修正測量 1:10,000地形図「京都南部」昭和26年修正測量 1:10,000地形図「京都南部」
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(1):京都駅周辺

@:東海道本線・山陰本線 A:奈良線 B:京都市電 C:京阪電鉄京阪線 D:奈良電気鉄道 

京都市の分割
昭和4年に、下京区、上京区の2つの区が下京区、上京区、中京区、左京区、東山区の5つに分割される。東山区は下京区から、左京区は上京区から、中京区は上京区と下京区の両方から分立している。
三代目京都駅
昭和25年に、総檜(ひのき)造りの二代目駅舎は火事で全焼してしまう。工期1年3ヶ月の突貫工事により、昭和27年に三代目駅舎が完成する。
奈良電気鉄道(D)
昭和3年に京都〜西大寺間が開業。近鉄とは別会社で、西大寺駅で近鉄奈良駅や橿原神宮(前)駅まで相互乗り入れを行っていた。昭和38年に近鉄と合併し、近鉄京都線となる。
京阪の子会社だったのに、ひさしを借りて母屋を取られてしまいました。(逢坂山さんより)
この路線、丹波橋駅で京阪と相互乗り入れが行われていたこともあったそうだ(昭和43年まで)。
戦時中、車両のやりとりができるようにつなげたそうですが、丹波橋の片方が平面交差だったのと近鉄が昇圧するために分離されたそうです。京阪は市電との交差のせいで最後まで昇圧できませんでした。(逢坂山さんより)
奈良線(A)
昭和32年に東福寺駅が開業し、京阪電鉄との乗り換えが容易にできるようになる。

平成15年修正 1:10,000地形図「東山」

す。

地図・京都駅・平成15年修正 1:10,000地形図「東山」地図・京都駅・平成15年修正 1:10,000地形図「東山」
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(1):京都駅周辺

@:JR東海道本線・JR山陰本線 A:JR奈良線 C:京阪電鉄本線 D:近鉄京都線 E:JR東海道新幹線 F:京都市営地下鉄烏丸線 

京都市南区の誕生
昭和30年に、下京区が分区され、南区が誕生する。
京都タワー
昭和39年完成。2年足らずであのタワーができたというんだからすごい。
高さ131m。その内訳は、ビル部分が31m(高さ制限いっぱい)、タワー部分が100mというもの。ビルには高さ制限がかかって、タワーには高さ制限がかからないというのは不思議な気もするが、京都タワーを建てる時には反対運動が起こったそうだ。
京都中央郵便局
京都タワーができる前は、その場所に中央郵便局があった(その前の地図で確認してください)。昭和36年に今の場所での業務が始まる。
東海道新幹線(E)
昭和39年東京〜新大阪間が開業。
四代目・京都駅ビル
平安遷都1200年事業の一環として建て替えが決まる。平成9年に開業。
JR奈良線(A)
平成13年に京都〜JR藤森間、宇治〜新田間が複線化され、運転本数が増発される。特に通勤時間帯に快速が走るようになったのは大きいだろう。並行して走る近鉄京都線に対抗できるようになった(それまでは対抗できなかった)。
だけど、複線化されたのは一部分で、単線区間がまだかなりあるのは困ったところだ。快速列車に乗っていても、対向列車の待ち合わせを食らわされることもあるし、普通列車に乗ったときには対向する快速と普通列車を待つために、同じ駅で長い間待たされることもある。
そんな事言っても、30分に1本の割合で単線区間のある所に快速列車を走らせるというJR西日本の芸当的なダイヤ編成には驚かされる。個人的にはこういう(芸当的な)のが大好きで、ものすごく興味を引かれる。もちろん、こんな事言えるのは、事故が起きないことを保証されての話なのだが…。
京都市電
昭和53年に全線廃止となる。
京都市営地下鉄烏丸線(F)
昭和56年北大路〜京都間が開業。昭和63年には京都〜竹田間が開業し、近鉄京都線と相互直通運転が始まる。