四天王寺なのに天王寺駅
――1:10,000地形図「天王寺」、旧1:10,000地形図「大阪南部」、1:20,000地形図「天王寺村」――


明治31年修正 1:20,000地形図「天王寺村」

明治時代の天王寺です。四天王寺周辺には建物が集まっていますが、天王寺駅周辺には建物らしい建物がありません。所々に池が散在していたりなんかします(池を表す模様確認しといてください)。田舎だったんですねぇ。

地図には建物がないため、等高線をはっきり読み取ることができます。と、いうわけで、今のうちに天王寺周辺の地形を確認しておきましょう。

古地図・明治31年修正 1:20,000地形図「天王寺村」古地図・明治31年修正 1:20,000地形図「天王寺村」
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(1):JR天王寺駅周辺

@:櫻井鐵道 A:梅田鐵道 
(※)正式名称でないかもしれませんが、地形図に記されているものをそのまま引用しています。

四天王寺
聖徳太子が593年に建てた日本仏法最初の官寺なんだそうです。
四天王寺なのに天王寺駅
四天王寺の街並みから外れた所に天王寺駅が造られている。明治時代の最寄駅って、これくらい離れていても許されるものだったんだろう。
法隆寺駅という名前なのに、法隆寺までかなりの距離を歩かされるのと同じようなものだ。
寺の名前が四天王寺なのに駅の名前が天王寺になっている。後に登場する大阪市電の停車駅にも天王寺西門前というのがあったりなんかする。おまけに、この地図には天王寺村という村まで存在する。どうして“四”が付かないのだろう?
文献によると、四天王寺の通称として天王寺が使われていたそうで、それがいつしか、四天王寺とその周辺の地域を天王寺というふうに呼ばれるようになったんだそうな。
いろいろ文献あさってみたが、これ以上の事は解らなかった。地元の人がそう呼ぶようになったんだから仕方ないだろ、と言う事なんだろうか?
天王寺駅周辺の地形をチェック
地図左側に等高線の込んでいる所がある。これは傾斜が急であることを示しているんだけど、これは上町台地によるもので、東側が標高が高くなっている。こんな所にそのままレールを敷くことはできない。地図には急斜面の両側に切土部と盛土部の地図記号がある。台地となっている東側を切りとって西側に盛り土をしてレールを敷いているというわけだ。
阿倍野橋
天王寺駅の東西両側に2ヵ所、線路の上に橋が架けられている所がある。西側の道幅の大きく描かれている道は熊野街道(熊野古道)で、架かっている橋が今の阿倍野橋にあたる。天王寺〜湊町間の線路が敷かれた当初から橋の下を線路が走るこの構造だった。
櫻井鐵道(@)
今の関西本線のことです。明治22年に湊町〜柏原間が開業したのが始まり。当時はまだ私鉄でした。ちなみに、桜井まで開通するのは明治26年のこと。明治40年に国有化される。
梅田鐵道(A)
のちの城東線、大阪環状線のことです。当時はまだ私鉄でした。明治28年に天王寺〜大阪間が開業。明治40年に国有化される。
櫻井鐵道も梅田鐵道もそうなんだけど、当時の天王寺村の集落を取り囲むように線路が敷かれている。そのため、天王寺駅は街の外れにあった。

大正10年測図 1:10,000地形図「大阪南部」

大正時代の天王寺です。四天王寺周辺は一気に都市化が進んでいます。

古地図・大正10年測図 1:10,000地形図「大阪南部」古地図・大正10年測図 1:10,000地形図「大阪南部」
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(1):JR天王寺駅周辺

@:関西本線 A:城東線 B:南海鐵道天王寺線 C:南海電氣軌道上町線 D:大阪市電

線路が境界線
明治30年、四天王寺を含む天王寺村の一部が大阪市に編入される。
地図を見てみると、関西本線と城東線の線路のすぐ南側に大阪市の境界線(黄色)がある。とてもわかりやすい所に境界線が引かれている。
天王寺公園
明治36年に催された第5回内国勧業博覧会跡地に造られる。明治42年に開園。天王寺公園の中には動物園や公会堂、博物館の文字が記されている。
南海鉄道天王寺線(B)
明治33年今池町〜天王寺間開業。
南海電気軌道上町線(C)
明治33年に天王寺〜東天下茶屋間で開業しているが、この当時は大阪馬車鉄道という馬車鉄道(動力が馬)だった。天王寺駅の位置に注目!四天王寺の横に終着駅・天王寺駅があった(※)。今の天王寺駅辺りには公園東口という停車駅が確認できる。
(※)参考文献には、天王寺西門前と記されているが、地形図には“てんのうじ”と記されている。
明治42年には南海鉄道に吸収合併される。電車になったのは明治43年のこと。
大阪市電(D)
明治44年天王寺西門前〜上町九丁目〜谷町六丁目間が開業。このルートがかぎ型に折れ曲がっているのに注目!この頃はまだ四天王寺から北の谷町筋(今の地下鉄谷町線の走っている通り)ができていなかったんですね。
大阪市電(D)・阿倍野橋〜南河堀町〜大道三の路線は大正10年7月6日に開通している。一方、南海電気軌道上町線(C)・天王寺西門〜公園東門間は大正10年12月24日に大阪市電に譲渡されている。だから、この地形図はこの2つの出来事の間に測量されたことになる。


昭和04年修正測図 1:10,000地形図「大阪南部」

天王寺をはさんで北と南に私鉄が開通しています。

古地図・大正10年測図 1:10,000地形図「大阪南部」古地図・大正10年測図 1:10,000地形図「大阪南部」
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(1):JR天王寺駅周辺

@:関西本線 A:城東線 B:南海鐵道天王寺線 C:南海鐵道上町線 D:大阪市電 E:大阪鐵道 F:阪和電氣鐵道

天王寺区の誕生
大正14年に天王寺区ができている。同じ年には、天王寺村も周辺の町村といっしょに大阪市に編入され、住吉区になっている。
南海鐵道上町線(C)
大正10年に天王寺正門〜公園東門間が大阪市に譲渡されている。
大阪鐵道(E)
今の近鉄南大阪線のことです。大正12年阿部野橋〜布忍間が開業。
阪和電氣鐵道(F)
今のJR阪和線のことです。昭和4年に阪和天王寺〜和泉府中間が開業。当時はまだ私鉄だった。


 

昭和27年第2回修正測量 1:10,000地形図「大阪南部」

下の地図見て「おや?」と思われた方いるかもしれません。
市電の駅名が阿野橋となっているのに、近鉄の終着駅名が大阪阿野橋となっています!
(阿倍野区から考えて、が正しいんだろう。)

近鉄の前身の大阪鉄道の時分からこの表記なんだそうだけど、違う漢字で書く必要があったのか?疑問が残る。

昭和27年第2回修正測量 1:10,000地形図「大阪南部」昭和27年第2回修正測量 1:10,000地形図「大阪南部」
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(1):JR天王寺駅周辺

@:関西本線 A:城東線 B:南海電鉄天王寺線 C:南海電鉄上町線 D:大阪市電 E:近鉄南大阪線 F:阪和線 G:大阪市営地下鉄1号線 

(※)地図には大道三、茶臼山、河堀神社前、常盤通の各駅が記されていますが、戦後の市販の地図では無くなっています。

阿倍野区の誕生
昭和18年に住吉区が分割設定され、阿倍野区が誕生した。
近鉄南大阪線(E)
合併を経て近畿日本鉄道に名称変更するのは昭和19年のこと。
阪和線(F)
昭和15年に南海鉄道と合併、昭和19年に国有化される。
天王寺駅の改築
南海、大鉄、阪和の3つの私鉄が乗り入れるようになった天王寺駅。昭和8年の城東線の電化もあいまって乗降客数が急増した(50,000人超/1日)が、駅の設備は従来のままだった。
利用する人に見合うだけの駅施設を造るにしても、両側を南海、阪和の私鉄に挟(はさ)まれてしまっている。新たに駅舎を建てるにしても建てる敷地が無かった。そこで、改築する阿倍野橋に接する形で駅前広場と駅ビルを線路の上に造ることになる。
まず、昭和10年に貨物の扱いを天王寺駅から1km名古屋よりの百済付近に移し、城東線の新ホームなどが造られた。
昭和13年から地上4階建ての計画で工事が始まったが、戦争の激化で。昭和18年に阿倍野橋と駅ビルの基礎工事が終わった段階で中止されてしまう。
大阪市営地下鉄1号線(G)
昭和13年に難波〜天王寺間が開業。戦後、南に延伸し、昭和26年には天王寺〜昭和町間が開業する。
大阪市電(D)
地図に載っている区間は昭和43年までに廃止されている。

平成12年修正 1:10,000地形図「天王寺」

さっきの近鉄・阿部野橋駅の話、現在では混乱を避けるためなのかもしれませんが、あべの橋という表記になっています。

地図・平成12年修正 1:10,000地形図「天王寺」地図・平成12年修正 1:10,000地形図「天王寺」
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(1):JR天王寺駅周辺

@:JR関西本線 A:JR大阪環状線 C:阪堺電軌上町線 E:近鉄南大阪線 F:JR阪和線 G:大阪市営地下鉄御堂筋線 H:大阪市営地下鉄谷町線

天王寺ステーションビル
昭和37年完成。同時代に造られた事もあってか、造りは和歌山ステーションビルとよく似ている。天王寺支線があったからなのか、南海電鉄も株主になっているんだそうな。
谷町筋
四天王寺から北に道幅の広い道路が造られている。地下鉄谷町線の建設に合わせてつくられたんだろうか?四天王寺から北にある谷町筋にはお寺がたくさんある(お寺の地図記号だらけ!)んだけど、立ち退いたお寺も結構あるんだろうな。
天王寺バイパス
昭和45年完成。完成により、阿倍野橋周辺の渋滞は改善されたという。
阪和短絡線
阪和線と関西本線を連絡する単線の線路。これができたおかげで阪和線の環状線直通列車が走るようになり、天王寺駅で乗換えることなく大阪方面に行けるようになった。
平成元年から、くろしおの新大阪・京都乗り入れが開始。平成6年からは関空快速、平成11年からは紀州路快速の運転が始まった。
天王寺Mio
平成7年オープン。天王寺駅の16番、17番、18番ホームは天王寺Mioの下にある。
大阪市営地下鉄谷町線(H)
昭和43年に谷町四〜天王寺間が、昭和55年に天王寺〜八尾南間が開業。
阪堺電軌上町線(C)
昭和55年に南海電鉄の軌道部門が独立して阪堺電軌となる。
南海天王寺支線
昭和59年、天下茶屋〜今池町間が廃止。残りの今池町〜天王寺間も平成5年に廃止される。