和歌山市の変遷――はじめに――
1:200,000地勢図「和歌山」を見て…
使用した地勢図:平成9年要部修正「和歌山」
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@:JR阪和線(和歌山〜天王寺) A:JR和歌山線(和歌山〜王寺) B:JR紀勢本線(和歌山市〜亀山)
C:南海本線(和歌山市〜なんば) D:南海加太支線(和歌山市〜加太)
E:南海和歌山港線(和歌山市〜和歌山港) F:南海貴志川線(和歌山〜貴志) G:近畿自動車道紀勢線
阪和線に乗って和歌山に来る人は◎印の所で外をみてみよう!ここから和歌山市郊外の景色を見ることが出来る。和歌山市とは思えないような田園風景のなかにぽつぽつと高層(中層?)マンションが建っている。ちなみに、この景色は阪和線開通の昭和初期から見ることが出来た。
かつての南海和歌山港線(E)で1日2往復しかしていなかった和歌山港〜水軒間は平成14年5月に廃止された。
和歌山市は和歌山県の北西端にあって、その北はもう大阪府だ。上の地図の黄線で囲まれた所が現在の和歌山市。
和歌山市の人口は397,452人、面積が208.31km2。ちなみに、和歌山県の人口は1,098,200人、面積が4,724.54km2だから、和歌山県の面積の4%の所に、人口の36%の人が生活しているということになる。
(※)平成9年3月31日現在
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| 和歌山駅(旧東和歌山駅) このステーションビルが建って今の駅名になりました。 |
和歌山の玄関口のひとつJR和歌山駅。駅構内のエスカレーター・エレベーターの設置工事が終わり、最近では、駅前広場の整備工事が進められている。
他の都道府県では結構、浸透しつつある駅のバリアフリー化。和歌山県では初めてとちゃうかなぁ。和歌山市駅にはエスカレーターはあるけど、エレベーターはない(最近新しくなった海南駅はどうだろう?)。「バリアフリー化する前に駅を新築しろ!」と言いたくなるような駅が県下には腐るほどある。幅の狭い木造の高架橋にエスカレーターは付けられんしね。おのずと和歌山県下のじいちゃん・ばあちゃんは足腰が鍛えられているというわけ。
和歌山駅は4階建てのステーションビルと、くっついている。駅改札をでると、コンコースになっているけど、そこはステーションビルの1階にあたる。ビル内には和歌山の特産品の他、書店・レコードなんかが置いてあって、観光客だけじゃなくて、通勤・通学帰りの人達も利用している。
このステーションビルは昭和43年に完成(平成7年に改装)した。このビルが出来る前は和歌山駅ではなく、東和歌山駅と呼ばれていた。
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| 紀和駅(旧和歌山駅) クリックすると駅舎内を見ることが出来ます。 |
今の和歌山駅が東和歌山駅と呼ばれてたんだから、どこかに和歌山駅があったはず。じゃあ、どこにあったのか?というと、今の紀和駅にあった。
紀和駅は和歌山駅と和歌山市駅の間にある。この和歌山〜和歌山市間は紀勢本線に属しているんだけど、和歌山以南の紀勢本線とは独立して運行されている。平日の昼間は1時間に1本しかない。
土日祝には30分に1本間隔です。
運行本数の少ないこの列車に乗って紀和駅に行ってみると、めっちゃこぢんまりとした駅舎がある。ホームに降り立ち、改札らしき所を潜り抜けても、これといった物も無くそのまま出口につながっている。
おまけに、この紀和駅は和歌山の中心部を走る路線なのに無人駅だ。簡単なレシートみたいなのが出る「乗車駅証明書発行機」はあるけど、自動券売機はない。紀和駅で乗車した人は途中で駅員さんに、乗車駅証明書を渡して別途切符を買わないといけない…。
これが昔の和歌山駅だったなんて、知らない人にとってはどう頑張っても考えられない。なんで、二つの大きな駅の間にある無人駅が和歌山駅と呼ばれていたのか?旧版地形図を見てその変化を見て行こう。
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和歌山市河口部 ←まだ、見れません。
和歌山市中心部
和歌山駅周辺 ←まだ、見れません。
時代ごとに分けました。上から順番に見ていってください。
明治時代の和歌山市 |
明治19年測図 |
大正時代の和歌山市 |
大正11年測図 |
昭和初期の和歌山市 |
昭和9年第二回修正測図 |
戦後の和歌山市 |
昭和22年第三回修正測図昭和33年資料修正(行政区画) |
高度成長期の和歌山市 |
昭和42年改測 |
現在の和歌山市 |
平成9年修正測量 |
拡大表示(1)・和歌山駅周辺
拡大表示(2)・和歌山市駅周辺
拡大表示(3)・紀和駅周辺
その他写真
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チッキについて(初めて見たとき何の事か解らなかった)
宅配便ができる前、郵便小包は小さなものしか扱いませんでした。みかん箱大以上となると、今で言う路線便(トラック輸送)か 小荷物手荷物(鉄道便)があたりまえでした。トラック輸送も貧弱で 小口輸送は事実上鉄道輸送が全てでした。手荷物は乗車券を持った人が携行荷物を送るためで (小荷物に比べ)安かったです。
荷物は各自駅へ持ち込みが原則で、自転車やリヤカー(商売している人はみんな持っていた)でえっちらおっちら運びました。私も高松から東和歌山まで自転車で持っていった記憶があります。(ウッソーと言われそうですが)
発送はまだ良いですが、受け取りが大変でした。何しろいつつくか判らないので。東京ー和歌山だと3〜4日くらいだったか。駅に電話して到着しているか聞くか、はがきがくるまで待つか。日通は駅から配達してくれましたが、さらに1日くらいかかりました。
商売している人は毎日駅まで行っていたのではないかなもちろん小さい店では車さえなかったから リヤカーで。宅配便が全国展開したのは昭和50年代前半です。それまでは1週間かかるのがあたりまえ。だから宅配便が急成長したのです。
いま(和歌山だと)柿の季節に宅配便の営業所へ行くと柿の香りでいっぱいでしょうが、昔の駅の手小荷物取扱所も同じような情況で、荷物があふれていました。臨時小荷物列車が運転されたり…。
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